「君、何を持っているんだ？」

「ああ？」

「ちょっと見せなさい。」

制服を着た警察官の手が、少年が肩に担いでいた刀をむんずと掴んだ。

「てめえ、何すんだ！」

少年が振り払うと、体躯のいい屈強そうな男は呆気なく路上に転がった。

「きゃあ！犬夜叉！やめてやめて！」

連れの少女は必死に少年の腕にしがみつく。

「きさまっ！公務執行妨害だぞっ！」

自分よりも小柄な少年に抵抗された警官は這いつくばったまま真っ赤になって怒鳴った。

「やるのか？相手になるぜ！」

「あと、傷害の現行犯だっ！」

警官は転んだ時に擦りむいた掌を見せて叫んだ。

「かかってきやがれ！」

少年はひるむことなく身構える。

「やめてっ！犬夜叉！！」

少女の願いも虚しく、警棒を手にした警官のお決まりの文句が放たれた。

「逮捕するっ！」

少女は青くなって呆然と立ち尽くした。

「どうした？」

かごめの目に映ったのは不思議そうに覗き込む金色の瞳。

「なに、変な顔してんだよ。」

「あ…。」

落ち着いて辺りを見回すと、ここは自分の部屋の中。
でもかごめの心臓はどきどきと騒ぎ、手には汗が握られていた。

「今…怖い事考えちゃった…。」

「何、考えたんだ？」

「う、うん…。なんでもない…。」

たった今リアルに浮かんだ光景を思い返して、心の底からぞくりと震えた。

　あ、ありうる…

あまりにも今日これから起こりそうな想像に愕然とした。

高校最初の夏休みもあとわずか。
かごめは犬夜叉と遊園地に遊びに行く計画を立てていた。

犬夜叉と現代の街を歩くにはいろいろと問題がある。
刀は祭りの時に使った袋に入れるとして、服装をなんとかしなければいけない。
買い揃えようにもかごめのお小遣いには限界がある。どうしようかと頭を悩ませていたところ、近所の公園で開かれていたフリーマーケットに目が止まった。

いろいろな即席の店舗が並ぶ中、若い男物の服をたくさん出品しているブースを覗いた。

店番をしていた若い女性に、お兄さんにあげるの？と聞かれてあいまいに頷きながら、これとこれをあわせればいいわよと親切に教えてくれる女性に気をよくして勧められるまま、大してお財布をいためずに男の子の服ひととおりと靴を揃えた。

とりあえず気を取り直したかごめは、犬夜叉に服の着方を説明してひとりで着てもらった。

「これでいいのか？」

振り向いたかごめは目を見張った。

　に、似合う…
　似合いすぎるわ！

黒の長袖シャツの上に重ねた胸に血痕柄の白いＴシャツ
所々擦れたカーキ色のアーミーパンツに同じくカーキ色のキャップ
程好くくたびれた古着が引き締まった逞しい身体にあつらえた様にしっくりと纏わり付いていた。

　か…かっこいいかも…

しかし恋人が服を格好良く着こなしてくれた嬉しさよりも、重苦しい不安が暗雲のように広がった。

普段袴を穿いている犬夜叉にジーパンは窮屈だろうとゆったりとしたパンツを選んだが失敗だったかもしれない。
見ようによってはただのサバイバル大好き少年に見えないことも無いが、唯でさえ目立つルックスに過激さを添えてしまった。

　そういえば、これ、米軍の放出品とか言ってたっけ…

現代の服を着ていても、放たれる戦う男の匂いは隠せない。
担いでいるのは錆びてるとはいえ本物の刀。

　怪しい…

　怪しすぎるわ

先程のリアルな想像が現実味を帯びて迫ってきた。

公務執行妨害　銃刀法違反　障害容疑　現行犯逮捕

怖すぎる文字が頭の中を駆け巡った。

　首相官邸付近なんか歩いたら
　あっという間に職務質問されちゃうかも

　き、今日はそんなとこ行かないわよね
　大丈夫よね…

　え、駅前に交番があるっけ…
　ど、どうしよう…

　あ、なんか楽器を持てばいいかも！
　ビジュアル系のミュージシャン風に！
　
　いい考えだわっ。なんか、楽器…。ギターかなんか…

　あああ…リコーダーしかない…！！！

「なにやってんだ？」

蹲ったかごめに悩みの元凶がのほほんと声をかけた。

「〜…！」

「早く行こうぜ。」

「行くわよっ！」

「…何怒ってんだ？」

「もうっ、いい！」

　考えてみれば、女連れのテロリストなんかいないわよね
　あたしが、普通にしてればいいのよ。あたしが！

　そうよ

交番の前を難なく通り抜け、幸先良く電車に乗り込んだ。
ほっと胸をなでおろし、車窓から過ぎ行く景色を眺めながらこれは取り越し苦労だったかもとかごめの心はすでに遊園地へと軽やかに飛んでいた。

最寄り駅に降りると、なにやらいつもと駅前の雰囲気が違う。
交通規制がしかれていて、沿道には沢山の人の山。日の丸の小旗を持った人などがちらちらと見える。
どうした事かと様子を伺うと、通行人の話からどうも皇室の皇太子夫妻がこの先の美術館に行く為にこの道をもうすぐ車で通るらしい。
テレビでしか拝見した事のない皇太子夫妻に興味が無いこともないが、今は無事に遊園地に行くことのほうが大切だ。
人込みを抜けながら先へ進む事にする。

犬夜叉を連れて歩道を歩いていると沢山の人の視線が降りかかってくる。

『あのひと、芸能人かしら…。』
『知ってる…？』

女達の囁き声が厭でも耳に入ってくる。

『ミュージシャンかな。』
『日本人…よね？』

『あの髪…、綺麗ね。』
『素敵…写真、取っちゃおうか…。』

自分よりも彼氏のほうが美しさで注目されていて女としてこれでいいものかと複雑に思いながらも、くすぐったいようで得意な嬉しい気持ちを感じていた。
華奢な少年の身体をしていても、すっと立った迷いの無い姿勢から重たいものを背負った男の強靭さが漂う。
何者にも囚われず独りで生きてきた強さと底知れぬ深さは道行く現代の男の子とは比べものにならないほど逞しく美しい。

綺麗な彼に見惚れて歩きながらかごめははたと気付いた。
気付くのが遅すぎたかもしれない。

交通規制がしかれているということは、沢山の人出があるということは、おまわりさんが沢山いるということ。

恐る恐る見回すと、案の定前方にこちらを見ている警官が二人。
すでに彼らは異様に目立つ銀髪少年を視界に捕らえていた。

目が合ったかごめは、思わず露骨に視線をそらしてしまった。

　や、やばい…

明らかに挙動が不信だ。

普通にしていなきゃいけなかったのに。

サバイバルルックに身を包み、長髪を銀に染め怪しげな長物を持つヤンキー少年。
加えて連れの少女のおどおどとした仕草にプロの目がきらりと光った。

犬夜叉は物々しい雰囲気を醸し出して近づいてくる二人の男に素早く気付く。

「なんだあ？あの目つきの悪ぃ連中は。」

あんたもでしょ、という突っ込みを飲み込んでかごめは退路を探した。振り向くと、後方にも制服警官が一人立っていた。

ばき、と指を鳴らして隣の彼はすでに戦闘態勢に入っている。

警察官、少年Ａに殴られ重傷

そんな見出しの新聞記事が頭をかすめた。

目の前は人込み。左手にはこちらに向かう警官二人。
右手にはこちらを見ている、やはりこれも警官。
すぐ後ろは連なった商店街。

上しか、無い。

「い、犬夜叉、あたしを乗せて跳んで！」
「あ？」

「早く！」
「お、おう。」

怪しい少年と少女が瞬時に視界から消えうせ、二人の警官は目標を見失い立ち止まって顔を見合わせた。

「どこに行くんだ？」

「どこでもいいわ！人のいないところ！」

二人は薄暗い路地裏にそっと潜んだ。高い塀があって隠れるには都合がいい。
まさかここまで追ってくるとは思えないけど、かごめは壁によって広い通りを伺おうとした。

その時

があっと、音がしたと思うと、後ろにあった自動ドアが開いて建物の中に二人で吸い込まれた。

「きゃあっ！」

びっくりしてあたりを見回すと

　えっ…？

　　ご休憩　￥3,000〜
　　ご宿泊　￥7,000〜

こんな文字が目に飛び込んできた。

　えっ…ここって…

　や、やだ…
　なんでこんなとこ…

偶然とはいえ、思わぬところに入ってしまった。

出口と入り口は分かれているらしい。出口の傍には小さな受付窓口があって年配の女性らしい人影が見える。
好奇心に誘われて見回すと、入り口のすぐ脇の壁には色々な種類の部屋の写真が飾られていた。
丸いベッドやハート型のベッドの映った写真がずらりと並んでいる。
ついている値段に比例して豪華な部屋になっているようだ。
ライトに照らされている写真や暗くなっている写真もある。
灯のついてない部屋はすでに誰かが使用中であるということらしい。
それぞれの写真の下にボタンがあり、さらに下のほうに受け取り口のようなものがある。

　このボタンを押して、鍵を受け取るのね…

客が従業員と顔を合わせなくて済むようにという配慮だろう。

その時。
ぶん、と。すぐ後ろで音が鳴って、３階にいたエレベターが下に向かって動き出した。
ということは、チェックアウトをするために客が降りてきたということ。

もうすぐ、事を済ませたカップルと鉢合わせしてしまう。

　きゃっ！や…やだ…、どうしよう…

こんな所に立ち止まっているのを人に見られるのは無性に恥ずかしい。

ちん！とエレベーターが鳴って、ドアが開きかけた時
かごめは一番安くてシンプルそうな部屋の写真のボタンを押すと自動的に出て来た鍵を掴み、犬夜叉の手を引くと降りて来たカップルを見ないように俯いてエレベーターに飛び乗った。

沢山のドアが並ぶ薄暗い廊下を通り抜け、鍵に書いてある番号の部屋に隠れるように滑り込んだ。

狭い室内には窓が一つも無くほの暗い沢山の照明。
大きなダブルサイズの四角いベッドが中央で主役顔して待ち構えている。
ショッキングピンクのベッドカバーに同じ色の壁紙。
ベッドを囲んで壁一面に鏡がはめ込まれていた。
備え付けられた調度品は豪華そうなふりをしているが滲み出る安っぽさは隠せない。
写真ではシンプルな部屋に見えたのだが、入ってみると唖然とするほどその為だけの部屋。

どんな所か興味はあったけどまさか昼間から自ら男の手を引いてこんな風に入ってしまうとは思わなかった。

「ここが、おまえの来たかったとこなのか？」

「違うわよっ！」

思わず語尾が荒くなる。

「何怒ってんだよ。」

「だって…。」

かごめの妙な態度に、犬夜叉は怪訝そうに首をかしげた。

「じゃあ、早くおまえの行きたいとこに行こうぜ。」

「えっ…。」

「ん？」

「……。」

「行かねえのか？」

「…だっ…て…。」

遊園地に行きたいのはほんとだが、ここも一度は入ってみたかった場所のひとつ。
事故とはいえ、入ってしまったからにはお金も払わなければならない。
高校生に三千円は無駄に出来る金額では無い。
煽るような部屋の雰囲気に圧倒されてすでに下着が冷たく濡れていた。

　だって…

　こんなとこに入っちゃったら、しょうがないじゃない…
　したく…なっちゃったって、仕方ないじゃない

　もう、犬夜叉
　
　なんで、誘ってくれないのよ…
　いつもみたいに強引に誘ってよ

　あたしから…誘わせないで

　ねえ…

犬夜叉は黙って俯いたかごめから目を離して室内を眺めた。

「ここは、どういうとこなんだ？」

「ここは…二時間だけあたし達が借りた、部屋よ…。」

金色の瞳がかごめを見遣った。

「じゃあ…」

そっと壁に押し付け、唇に軽く口付けると、耳元で囁く。

「こんなことしても、いいのか…？」

「…うん…。」

「おまえは…？」

「えっ…。」

「おまえはして欲しいか？」

「…う…ん…。」

「したいのか？」

「…… ぅん…。」

「したいなら、したいって、言え。」

「………い…。」

「聞こえねえ…。」

「…し…たい…。」

「よし…。」

再び唇が奪われた。今度は深い口付け。

「あ、ちょっと、待って。シャワー浴びてくる…。」

抱き上げようとした犬夜叉を止めた。

「なんだ？しゃわあって。」

「水浴びの事よ。」

「水なんか浴びたら、折角のおまえの匂いが流れちまうじゃねえか。」

「いいのっ！ちょっと、待ってて。」

不服そうな犬夜叉を残して浴室に入った。
あちこち舐められてしまうから、やっぱりその前にお風呂できれいにしたい。
折角だから、部屋の施設をいろいろ利用したいという気もする。

　あたしの匂いって、どんななんだろう…
　いい匂いだって、言ってくれてるけどあたしには分からないし…

脱衣室もあちこちに中世のヨーロッパのような装飾。バスタブの上の壁に金色のライオンの頭があってぎょっとした。口からお湯が出るらしい。いちいち悪趣味だが、どこも清潔で安心した。
バスタブにはジャグジーが付いていて、使いたい気もしたけど犬夜叉を待たせると怒るに決まってるのでシャワーだけにする。
ワッフル織りの白いガウンが用意されていて、ドラマに出てくる主人公になったみたいでなんだか嬉しい。

きれいに洗った身体をガウンで纏って浴室から出ると、さっきと同じ所に腕を組んだ犬夜叉が立っていた。

「遅い。」

「ごめんね。」

かごめの腕を引いて抱きしめる。

「水なんか浴びる事ねえのによ。」

「だって…。」

そっとかごめを抱き上げ、大きなベッドの上に倒れこむ。
スプリングが弾んでふわふわと眩暈がするほど揺れた。

「すげえな。」

ベッドに横になって初めて気付いた。自分に覆い被さる犬夜叉の背中が見える。天井にも大きな鏡があって横たわった二人をくっきりと映していた。

　きゃっ…。や、やだ…

どちらに顔を向けても、自分達の姿が映し出される。
口付けられながらガウンを脱がされる様をギャラリーのように客観的に見つめた。

　や…恥ずかしい…

「灯り…消して…。」

「このままでいいじゃねえか。」

「厭よ…。」

「…どうすればいいんだ？」

「えっと…。」

ベッドの枕元に沢山のスイッチがあって、これのどれからしいのだがよく分からない。
いろいろ押してみるといくつかの照明が消えて随分暗くなったが非常灯と壁の間接照明だけは消えなかった。
やはり自分達の姿がぼんやりとだがはっきり見えることには変わりない。

音響のスイッチも入れてしまったらしく、さらさらと小川のせせらぎのような環境音楽が静かに流れた。

これでもかというほど整えられた淫靡な雰囲気の中では否応もなく興奮が高まってくる。

犬夜叉がゆっくりと、現代のシャツを脱いだ。

「あっ…！」

胸を揉まれ硬く突起した部分に口付けを施され
かすかに撫でられただけでも、全身に電撃が走るような快感を覚え蜜壷から透明な液体が溢れるほど流れ出た。

徐々に荒くなっていく呼吸がさらに熱を帯び、感じやすい耳に届く度にどくどくと愛欲が増してゆく。

かごめは彼の背中に腕を回して肩甲骨から背骨、引き締まった筋肉にてのひらを這わせた。

おずおずと自分を愛撫しようとしてくれる腕の中の可愛い女を犬夜叉は全身で愛でる。

「あたしの匂いって…どんなの？」

「いい匂いだ…。」

「どんな匂い…？」

「かごめの…匂い…。」

「もう…それじゃ分かんないわ…。」

さらさらと心地良く流れる水の音を聞きながら五感が痺れるような深い悦楽に溺れる。

「あ……。」

両足を捕まれ開かされると
秘部に顔を埋め舌で愛蜜をすくう犬夜叉の背中を鏡越しに見つめながら高みに向かう快感に悶えた。

鏡に映る自分の、蛙になったような姿がなんだか恥ずかしくなって目を反らした。

そらした先にも、肌色の淫らな蛙がいた。

「ぁ…」

陰部を嬲る彼の舌の動きに翻弄されて
増幅する淫猥な気持ちと体中が震えるほどの戦慄を覚え

「きゃ…！あ…！あ…！」

駆け巡る沸騰した体液と狂い乱れる肉体を持て余して、一頭の雌となり雄を求めた。

「もう…いいか…？」

窮屈そうにファスナーを下ろしながら聞く彼に、頷いた。

早く来て欲しいと焦がれる身体を抑えて、瞼を閉じた。

「はっ…あっ…！」

硬い肉魂に貫かれ突き上げられる快感に、思わず目を開けると絡み合った自分達が見える。

　や…。あたし達、いつもこんな格好…してる…の…？

動物的に交わり揺れる二人の身体を見つめていると、誰でもしていることとはいえ無性に恥ずかしくなる。と同時に感覚だけでなく視覚でも自分が彼に抱かれている事をいやと言うほど確認させられ意識が遠くなるほどの情炎を知る。

「あっ…あ…犬…夜叉…！」

彼は腰を突き動かしながらかごめの虚ろな視線の先をちらと見た。

「面白えな、ここ。」

「…えっ…？」

悪戯っ子のような顔をした彼はかごめの身体を起こし繋がったまま腰の上に座らせ、足を持ち向きをくるりと変えて後背位になる。

「犬…夜叉…？」

両足をかごめの足に絡めて後ろから抱きしめると、そのまま背後に倒れた。

「きゃああっ！」

ピンクのシーツの上の、挿入されたまま彼の上で足を開き大の字にされた裸体が天上の鏡に映し出された。

「やっ！やだっ！」

「おまえが、よく見えるな。」

自分と同じ画像を見ているはずの下にいる彼が嬉しそうに言った。

「やああっ！恥ずかしい！犬夜叉！」

手足の自由を奪われて身体を隠すことも出来ない。

「いや！いやっ！！いやあああっ！！」

「うん…？」

彼は微かに腰を突きながら左手で胸を摩り右手を伸ばして秘部を弄る。

「ああああっ…！」

「っ…かごめ…。」

快感が頂点に達してかごめの内部が飲み込んだ突先をきゅっと締め上げた。
熱い内壁を先端で感じながら視覚は激しく悶える艶かしい女の姿を味わう。

こんな乱れた姿を直視されていると思うと強烈な興奮が沸き起こると同時に耐えられないほど恥ずかしい。

「やっ！やっ！ああああっ！！」

首を振って抵抗するが逃げられない。

「や…、やだ…。犬…夜叉…。」

あまりに恥ずかしくて涙がこぼれた。

「かごめ…？」

「……。」

「分かったから、泣くな。」

そのまま、くる、とうつ伏せになる。

「…うっ…。」

「泣くな…。」

後ろから優しく腰を動かし、頬に口付けながら、囁いた。

「もう、しねえから…。」

「…あ…。」

「なあ…。」

「……っ…。」

「泣くなよ…。」

「………ぅん…。」

移り行く輝きのような至福の時をかみ締めてふたりは

万人に見つめられた、閉ざされた万華鏡の中で揺れ続けた。

入る時は知らずに入ってしまったが、こういう場所は出るときも緊張する。
まさか知ってる人に見られる事も無いだろうが、あたりを伺いながら慎重に出口を通った。

「また来よーぜ。」

かごめの緊張も知らずに彼は朗らかに言う。

確かに面白かったがお金がかかるのでそうそう来るわけにも行かない。
支払いはお金を渡して犬夜叉に払ってもらったがチェックアウトの確認の電話にはかごめが出た。
普通は男の子がすることなのに…と、火がつくほどの恥ずかしさを思い出して小さくため息をついた。

すっかりふだんの商店街に戻った通りに出ると、かごめは行き先に
困って立ち止まった。

「どうした？行かねえのか？」

「うん、だって…。遅くなっちゃったし…。」

「遅いと駄目なのか？」

「駄目って訳じゃないけど…。」

時間は間に合っても、入場料が、たぶん二人分に足りない。

迷った挙句、とりあえず行ってみる事にした。

「あ！犬夜叉、見て！」

料金表を見ていたかごめが指差して言った。

「土曜日は夕方から男女のペアのみ半額ですって！」

良く分からなかったが、かごめが嬉しそうなので犬夜叉も嬉しくなった。

「よかったな。」

「うん！」

己の手を引いて楽しそうにはしゃぐかごめを見て、
褥の上の恍惚としたかごめばかりでなく、こんな笑顔ももっと見ていたいと、思った。

「観覧車が空いてる！あれに乗ろう、犬夜叉！」

小さな丸い入れ物に乗って、向かい合って座り少しずつ変わる景色を眺めた。

上に行くにつれ茜色に暮れて行く空が視界に大きく広がる。

「綺麗な空…。」

だんだん園内だけでなく外の街の景色も見えてきた。
ぽつぽつとネオンが輝きはじめ、流れる車の赤いテールランプが妖しく漂う。

眼下を見下ろすと、沢山の家族連れや若者や恋人達の楽しそうな姿に、見ているだけで心が暖かくなるのを感じる。

誰もが笑顔になってしまうのなら、ここは地上の楽園。

ゆっくりと登る観覧車。
もうすぐ、一番高い所に行き着く。

「あのね、犬夜叉。観覧車の一番高いところで…」

振り向き間際に、視界が暗くなり唇に暖かいものが触れた。
進入してきた柔らかい舌が、そっと絡み付く。

『かごめ、彼氏と遊園地に行くなら絶対観覧車に乗るのよ！』

耳に響くクラスメートの声。

『観覧車の一番高いところでね、キスをすると…』

しずかに唇が離れると

「なんだ…？」

「え…？」

「なんか、言いかけただろ。」

「あ…、もう…いいの…。」

　このひとは、いつも

　あたしの一番欲しいものをくれる

　犬夜叉…

―　観覧車の一番高いところでキスをするとね

　　　　　　
　　　　　　　　　その二人は必ず結ばれて

　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　幸せになれるんですって…　―