今日はかごめの家族が二泊三日の温泉旅行から帰ってくる日。
夕方に戻る予定なので、それまでは二人きりの時を過ごせる。

かごめは、以前からやってみたかった計画を恋人に伝えた。

「ねえ、髪を洗ってあげる。」

「いらねえよ。」


「いいじゃない。あたし、一度あんたの髪を洗ってみたかったの。」

「おれは熱い湯は嫌えなんだよ。」

「ぬるま湯にするから。」

「…。」

犬夜叉はかごめの突然の意外な申し出に訳が分からずためらったが

「ほら、これ見て。」

「なんだ？」

かごめの手にはペットショップで買ってきた犬用シャンプーがあった。

「あんた、あたしのじゃ匂いがきつすぎるでしょ？だから。」

よく分からなかったが、自分の為に何かを用意してくれたらしいことは分かった。

「ね、いいでしょ？」

「しょうがねえな。」

犬夜叉は、小さく溜息をつくと、
楽しそうなかごめに手を引かれて浴室に行った。

「えっ。犬夜叉、全部脱ぐの？」

「風呂に入るんだろ？」

犬夜叉は躊躇無く下帯まですべて脱ぎ捨てる。
電灯の下のこんなに明るい所で目の前で裸になられると無性に恥ずかしくて頬が火照った。

「じゃあ、これで、隠して。」

タオルを渡そうとしたが

「気にすんな。」

彼はふいっと背を向けて洗い場に胡座をかいた。

「〜〜…。」

かごめは諦めて靴下を脱ぐとお湯の温度を温めに設定する。

「じゃあ、いくわよ。」

シャワーの温度を手で確認してから、犬夜叉の長い髪を濡らした。

艶々とした光沢に水が染みて一層きらきらと輝く。
指を櫛のようにしてその絹糸の先まで丁寧に梳いた。

「さらさらの、綺麗な髪だね。」

かごめは美容師の洗い方を思い出しながら指の腹を巧みに使って銀色の豊かな髪に白い泡を立てる。

犬夜叉は目の前にある鮮明に映る鏡を珍しそうに見ていた。
映し出された自分と後ろにいるかごめを見つめる。

かごめの柔らかい指の動きを地肌に感じながらさっきの言葉を反芻した。

　　　さらさらの、綺麗な髪だね。

ふと、ずっと忘れていた遠い昔のことが湯気のように浮かんだ。

誰かの暖かい手が横たわった小さな子供の自分の髪を洗っていた。

優しい手が心地良くて、あまりに心地良くて
すぐに眠ってしまった。

まどろみながら聞いた、かすかに響く声。

『姫さま、そんなことは私が…。』

『わたしにやらせておくれ。』

『でも…。』

『なんて、さらさらの綺麗な髪なんだろう…。』

　おふくろ…？

『この子は、なんてかわいいんだろう…。』

　ああ、あれは、おふくろの声…だ

『わたしのかわいい子…。』

　おふくろの手…

　暖かくて柔らかいてのひら

　優しい声と匂い

　そうだ…そんなことも、あった

　どうして今まで、忘れていたんだろう

　なんで…今まで

　思い出さなかったんだろう

　あの時

　眠ってしまわなければ良かった

　もっと、あの手の温もりを感じていればよかった

　そうすれば忘れなかったのに

　けして忘れなかったのに

　眠らなければ…良かった

　もっとあの時…

「気持ちいい？犬夜叉。」

「……。」

「痒いとこ、ない？」

「……。」

鏡の中にいるかごめの姿を見つめる。
かごめの手の動き、自分を見つめる瞳。

瞬きもしたくないほどかごめの姿を瞼に映す。

「流すわよ。耳、伏せて。目を瞑って。」

ざっと、水滴が迸り

さわさわと音を立てて泡が伝わり流れる。
水の粒が身体を転がり滑り落ちる。

白い泡は儚く流れてあっと言う間に消えていった。

湯気が立ち上って、鏡が曇りかごめの姿を白く隠した。

目をあけると目の前から消えてしまったかごめを慌てて探す。

「どう？さっぱりした？」

振り向くと変わらぬ少女の優しい笑顔。
潤んだ瞳に映ったきらきらとしたかごめに眼を奪われる。

ぶるんと、身体を振るわせた。

「きゃっ！」

少女は飛び散る水滴の洗礼を受ける。

「もう！犬夜叉ったら。」

逃げるように顔を背けた少女は、後ろから濡れた腕に抱きしめられた。

「えっ…？」

顔の向きを変えられ、口付けられる。

ぷつっと、音を立てて服のボタンが弾けとんだ。

「きゃあっ！」

彼は乱暴にかごめのシャツとスカートを剥ぎ取った。

「やっ！何するのよ！」



強く抱きしめられ、剥き出しになった腹部に彼の勃ち上がった硬い塊が直に触れた。

「や、やだ。犬夜叉！」

有無を言わさず下着に手をかける。

「やっ。犬夜叉！こんなとこじゃ、いや！」

「おまえがおれを裸にしたんだろ。」

彼は地獄から湧き出るように低く呟く。

　い、犬夜叉…！？

何か得体の知れないものを感じて鳥肌が立った。

「や…！いやあ！」

鋭い爪にかかった小さな下着が悲鳴を上げた。
花が散るように、繊維の断片が無残に落ちる。

手足をばたつかせて暴れるが抵抗も空しくすべて取り払われ
壁に押し付けられて太股を掴んだ手に片足を持ち上げられた。

「やっ！いや！いやあっ！！」

立ったまま、いきなり挿入される。

「ああっ！！」

濡れが足りなかった。鈍い痛みが走り顔を顰める。

「いやっ！いやよ！」

胸を揉まれながら下から突き上げられる。

「やああっ！犬夜叉っ！」

初めて経験した時の、あの恐怖を思い出した。

「おまえが、きれいだからいけねえんだ！」

「犬…夜叉…！」



じゃら、と。目の前で念珠が揺れた。

あまりの行為に、言霊の力を借りようとしたかごめの視界の端に自分達の姿が見えた。
開け放したドアの先にある洗面台の鏡に、揺れる二人が映し出される。

「おまえが、そんなに…きれいだからだ！」

鏡に映った自分に無体をはたらく男の顔を見つめた。

泣き出してしまいそうな、金色の瞳。

　犬…夜叉…

　どう…して…？

「おまえの…せいだ。」

「…犬…。」

「責任取れよ。」

「…夜叉…。」

「責任、とれ。」

男は、自分でも何を言っているのか

何をしているのか

よく分からなかった。

与えられなかったもの
失われたものを

取り戻したかったのか

底知れぬ喪失感を埋めたい

衝動だったのか

分からない

ただ、この愛しい大切な幻が、消えてしまわない事だけを願った。

幻などではないことは知っていたというのに

それでも

身体でそのぬくもりを確かめずには

いられなかった。

かごめはなすすべも無く喘ぎ、いつもとは別人のような犬夜叉にただ戸惑う。

　犬夜叉…



　どうして…こんなことするの？

　優しく誘ってくれれば、けして厭とは言わないのに

　どうしたの…？

　泣いているの？

　犬夜叉…

乱暴にされていても、幸せな快感の記憶刻まれた身体は豊かに反応する。

やがて少女の泉に蜜が潤い、揺れにあわせて内壁を擦る淫靡な音が狭い浴室に響いた。

「あっ！ああっ！…犬夜叉…！」

音と共に興奮が高まり、エコーがかかったような嬌声が木霊する。

「…かごめっ！」

かごめを抱きしめたまま洗い場の滑り止めのマットの上に寝かせて覆いかぶさる。
狭い空間で壁にぶつからないようにかごめの頭を支えながら腰を進めた。

かごめの足がカランに接触して、シャワーのお湯がさっと吹き出す。

暖かい雨が絡み合った二人にしとしとと降りかかる。
水音に嬌声と淫靡な音が混ざり合い流れる。

水滴が伝わり落ちる肌触りが、こそばゆくて妙な快感に襲われた。

犬夜叉はかごめの顔に雨がかからない様に自らで庇いながら、水に濡れた頬を舐める。

　ああ、これは

　夢じゃないんだ

　欲しかったものが

　ここに、ある

　消えたりなど、しない

　確かにここにある

　かごめ…

やがて身体を仰け反らせて凝縮された想いのすべてを放出した犬夜叉は少女の上で動きを止める。

優しい雨を全身に浴びながら二人は見つめ合った。

かごめは肩を上下させて息をする犬夜叉に、静かに問いかけた。

「どうか…したの？犬夜叉…。」



虚ろだった犬夜叉の目が、我に帰ったように大きく見開かれた。




「あ…。」

少女のこぼれそうなほど潤んだ瞳を見て、
愛撫もせずにむりやりしてしまったことを思い出した。

「すまねえ…。かごめ。」

金色の瞳がみるみると不安の色に染まる。

「…ごめんな…。乱暴にして…。」

「…。」

「痛かったか…？」

「ちょっと…。」

かすかに震える掌が、かごめの頬に触れた。

「すまなかった…。かごめ…。」

「…。」

「もう、二度と…しない。こんな…こと…。」

「…。」

「かごめ…、すまねえ…。」

少女は少し微笑んで腕を伸ばし、銀色の濡れた髪を撫でた。

「また今度、髪を洗ってあげるね。」

「えっ…。」

「犬夜叉、なんだか、嬉しそうだったから…。」

「……。」

「また、洗ってあげる。」

「……。」

「犬夜叉…？」

犬夜叉はぎゅっとかごめを抱きしめる。

夢でも幻でもない

腕の中にある

この確かなもの。