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「かごめ。おれ、発情期なんだ。」 「は？」 いきなり熱っぽい瞳でこう切り出され、少女はただ目を丸くした。 「いい…だろ？」 「えっ？」 両腕でお姫様のように抱き上げられ、金色の瞳に見つめられながら問われたが少女はまだその意味が飲み込めなかった。 ふさふさの草の上にそっと寝かされると、彼は腰の刀を外して自らの左側に置いた。 「犬夜叉？」 紅い衣を脱ぎ始めた犬夜叉を、横たわったまま見つめる。 い、犬夜叉…！？ そっと覆い被され、うっとりとした彼の瞳が静かに近づいてくる。 今にも唇が触れそうになった、瞬間 「き、きゃああああああっ！！！？」 心の中で叫んでシュラフから飛び起き、かごめの胸で寝ていた子狐妖怪がころりと転がった。 あれ？ あたりを見回すと、ぱちぱちと音をたてて燃える炎を囲んで旅の仲間達が静かに寝息を立てていた。 ゆ、夢…！？ 火の番をしていたらしい犬夜叉も木に寄りかかり瞳を閉じている。 夢…か… まだ心臓がどきどきと激しく騒いでいた。 そ、そうよね…。発情期だなんて… ふと、人間は一年中発情期なんだっけ、と思いなおして紅くなっていた頬をさらに染めて俯いた。 「…梗…。」 そのとき、耳に何かが届いた。 「桔梗…。」 聞きなれた犬夜叉の声。 かごめは確かに、瞳を閉じた彼の唇がかの名を呟いたのを、聞いた。 犬夜叉… 桔梗の…夢を見てるの…？ 深夜の山の中。 「きゃっ！」 大きな木の根に躓き、草の中に両手をついて転んだ。 「痛っ…。」 捻った足を摩りながら顔を上げると、ようやく目が闇に馴染んできた。 その場で足を抱えて座り込み、再び大きく溜息をついた。 『桔梗…。』 あたしが、犬夜叉の夢を見ていたときに 分かっているけど… 理解していても 辛い…。苦しい…。寂しい… 犬夜叉… 犬…夜叉… 膝をぎゅっと抱きしめて、目を閉じた。 「かごめ。」 ふと背後から、自分を呼ぶ声が聞こえた。 「こんなとこで、何やってんだ…？」 「犬夜叉…。」 「夜中にひとりでうろついたら危ねえだろ。」 「……。」 かごめは黙って俯く。 「なんか、あったのか？」 隣に座った犬夜叉が覗き込む。 「犬夜叉、桔梗の夢…見てたでしょ。」 「えっ！」 金色の瞳が大きく動揺した。 「な、何で分かった？」 「……。」 かごめは立てた膝に顔を埋めた。 「……。」 犬夜叉は申し訳無さそうに顔を背けて、言った。 「桔梗が…成仏して…おまえの中に帰る夢だ…。」 えっ、と。 「今のままじゃ、桔梗にとっても…よくねえ。いつか…成仏させてやりてえと…思ってる…。」 仇を討ってやったところで、命は取り返せない事は分かっている おれがともに行かなければそれが叶わないというなら 「犬夜叉…。」 哀しそうな彼の背中を見つめる。 「お、怒ってんのか？」 振り向いた犬夜叉に心配そうに尋ねられると 「う、ううん…。そんなこと…。」 思わず首を振って庇ってしまう。 「そうか…。」 ほうっと、彼の口から安堵の溜息が漏れた。 何を庇ったのか。 これが、人間だ。 すべて併せ持った、これが人間だ。 あたしは、人間で…それ以上にはなれない ほんとうは、自分だけを見て欲しい。他の女の人のことなんて… でも、忘れて、なんて、言えない… 忘れることが出来ない、犬夜叉の優しさを知っているから とても、言えない… 「戻ろうぜ。おまえ、もうひと眠りしろよ。」 「うん…。」 立ち上がった犬夜叉につられて立とうとすると、ふっと抱き上げられた。 「きゃっ！」 さっきの夢が鮮明に甦って吃驚する。 「な、何すんのよっ！」 「足が痛えんだろ？」 確かに、先程転んだ時に捻った足が少し痛かった。 「犬夜叉、おすわりっ！」 「わああっ！！」 一緒にその場で倒れ込んだ。 「てめえ…なにしやがるっ！」 「ごめん…。」 怒った犬夜叉に慌てて謝るが、両腕で庇ってくれた彼の顔がすぐ目の前にあって、焦った。 どきん。と、胸が鳴って 見つめ合った御互いの頬がかすかに染まる。 騒々しいくらいの心臓の音が、彼に聞こえてしまっている気がする。 「……。」 横たわったまま右腕で肩と頭を支えられ、左手が右頬に触れる。 えっ…？ そうと分からないくらい、ゆっくりと金色の瞳が近づいて来ていた。 まさか… 視点が合わなくなるまで近くなると 思わず、条件反射で瞼を閉じる。 まさか… 熱い息が、頬にかかり 唇に 微かに 暖かいそれが、触れた。 犬…… 体中の血が 沸騰してしまうかと 思った。 …夜叉… しっとりと押し当てられる。 息を、することを忘れてしまっていた。 あっ… 暖かくて柔らかい、とろりと湿ったものがそっと進入して来た。 犬…夜叉… 緩やかにかごめの口内を弄る。 これって、ディープ……キス……？ 受け入れはしたものの、固まってしまって動けない。 こんな時、どうしたらいいの…？ 今すぐ、教えて… お願い… ドラマや映画で何度も見たシーン。 高鳴る心臓の音に震えながら、おずおずと自らの舌で迎える。 あっ… そっと絡み取られる。 囚われて、吸われた。 いい…の…？ 犬夜叉… あんた、さっきまで桔梗の夢を見ていたのに あたしとこんなことしても…いいの…？ 犬夜叉… 暖かい液体とともに、確かな深い愛情が流れてくる。 ほんとう…なの…？ 本当に…？ ここには嘘などどこにも無い事をはっきりと感じる。 犬夜叉… 全身の力が抜けて、自分の機能は唇と舌だけになってしまったかのよう。 「…ぅん…。」 抱きしめる腕に力が篭り、彼の舌が徐々に奥までの侵入を果たし貪る。 …犬夜叉…牙が当たって…少し、痛い… 頬にあった彼の左手がゆっくりと滑り、胸のふたつのふくらみの片方に触れてすっぽりと覆った。 あ 揉むでも摩るでも無く、ただ触れているだけの彼の左手の温もりを右の胸にじわじわと感じる。 きゅんと、胸のどこかが騒いで全身の熱い血がめまぐるしく駆け巡る。 男の、ひとだった。 ああ、このひとは、男のひとだったのだ、と。 今更ながら、しみじみと思う。 犬…夜叉… 犬夜叉の左足が、少女の両足の間を割って深く沈み込み右半身に彼の重みがかかる。 びく、と。 自分でも気付かないほど小さく、少女の身体が反応し強張った。 「……。」 見えない夜の彼方にある未知のものに対する畏れ。 これほど近く身体を密着させていたので、彼はそれを敏感に感じ取った。 犬夜叉の左手と唇が、そっと離れる。 かごめは唇に冷たい空気が纏わりついてかすかな虚無感に覆われた。眼は開けられないが熱い視線を肌に感じる。 もう一度唇に暖かいその唇が触れると 彼は静かに起き上がり両腕でかごめを抱き上げ ゆっくりと歩き出した。 かごめは瞳を閉じたまま火照った身体と動悸を静められずに、彼の衣の胸のあわせをきゅっと握る。 野営の場所に戻るとシュラフの中まで運ばれた。 犬夜叉は小さくなっていた炎に薪をくべ、 火の勢いが戻った事を確認すると もといた木の下に座って腕を組み目を閉じた。 かごめはシュラフに潜り込み、まだ痺れたように熱い唇と右胸を手で抑え早すぎる心臓に震えながら、今しがた受けた暖かい愛情を何度も反芻し甘い余韻にいつまでも浸った。 桔梗との口付けを目撃してしまった時から、欲しくてたまらなかったもの。どうしても欲しかったもの。でも、おそらく、決してもらえないと思っていたもの。 次の朝、頬を同じ色に染めて黙って俯いて並んで歩く二人の様子を、先に歩いていた旅の仲間達が不思議そうに振り向いて眺めた。 「あの二人、なんだか大人しいね。」 巨大な武器を背負った小袖姿の娘が法衣の男に声をかけると 「昨夜、何かあったのでしょう。」 錫杖をついて歩く訳知り顔の法師がにやりと笑って答え 「ちょっとは進展したのかのう。」 法師の肩に乗った小さな子狐妖怪がまるで大人のような言い方で呟いた。 並んで歩く少年と少女の距離が少しだけ近づいた日。 緩やかな水面に半分の月を映した小さな川の辺で しずかに梟の鳴く夏の夜に見た夢の悪戯。 |
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＜コメント＞ 読んでくださってありがとうございます。m(_ _)m それに、初体験とファースト・キスが一緒だったらつまんないですしね。どのくらいつまんないかと申しますと、イチゴの乗ってないショートケーキが出てきたようなものですか。いや、もっとですね。上映開始ぎりぎりの映画館に飛び込んで予告を見逃していきなり本編を観るようなもの！（その程度かい(^^；）とにかく、ファースト・キスは特別ですから、それだけでお話が出来なければいけません。 このお話は、もともと漫画にするつもりで随分前に書いていたネームを文章に直したものです。キスシーンが延々と続くとんでもない漫画になるところでございました。漫画を描く時間も無いし、文章化しましたが漫画よりも緻密な描写が出来るので文章もいいですね。 皆さんはどうお感じになりましたか？ |
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挿絵描きました。なんかいつも似たような構図(^^;。 |
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