『はは…うえ…。』

母の閉じられた眦から、透明な雫が流れ軌跡をえがいた。

『…なかないで…。』

血に染まった母の唇。

『しな…ないで…。』

その唇は、二度と己の名を呼んではくれなかった。

山の奥、深夜の暗闇の中に無数の炎がゆれていた。

それは口々に叫びながら獲物を追っている悪鬼のような形相をした村人達の手に持たれた松明の炎。

「いたぞ！半妖小僧だ！」

「半妖だ！捕まえろ！」

「逃げたぞ！向こうだ！」

「飢饉も疫病も、みんな奴のせいに違いねえ！」

「殺せ！殺せえ！」

「半妖の血はどんな病にも効くというぞ！やっちまえ！」

「追え！追えっ！」

村人達の標的は紅い衣を纏った半妖の少年。
その身体に流れるのは人間の血と妖怪の血。
長い銀髪に獣の耳。鋭い爪と牙。金色に輝くふたつの瞳。

人と似て異なるもの。

彼はふわりと木の枝から枝へ飛び渡り、振り向いて遥か遠くに点在する灯りを眺めて呟いた。

「おれが人間なんかに殺られるかよ。」

こんな襲撃は、珍しくも無かった。

長く続く戦乱の世。
病が流行り、日照りと豪雨で収穫の実りは無いに等しい。

打ちのめされてゆく人々。
なすすべも無く奪われていく命と僅かな希望。

ふとした噂が絶望に囚われた人心を惑わす。

自分達はこんなに一生懸命に働いているのに
神罰が下る訳が無い

戦にかり出されても、重い年貢を背負っても
粗末な収穫を感謝して細々と生きてきたのに

仏罰が下る訳が、無い。

だから、きっと

悪い事はすべて

半妖のせいなんだ。

みんな、あの半妖のせい

何かに責任を押し付けてしまえば楽になれる。
苦しみから解放される。

そしてひとは自分と違うものを憎む。

つのる憎悪が、解き放たれた。

遠くにゆらゆらと人魂のように揺れる灯り。

「しつこい連中だぜ。」

ふと、彼の鼻が人の生活する匂いを近くに感じた。

　こんな、山の中に…？

枝から降りると、灯りのともった粗末な小屋が視界に入った。

　こんなとこに誰か住んでんのか…？

入り口の簾が揺れて、質素な身なりの女が姿を現した。

「十吉…さん…？」

「あ…？」

女は眼を閉じたまま、気配で訪問者の素性を探ろうとしていた。

「なんだ…旅のひとかい？」

　盲目の…女か…

「よかったら、泊まっておいでよ。」

「…。」

「病気の女が怖くなければね…。」

女の肌には染み付いた香の匂い。

　遊郭上がりの…女か…

そしてかすかな死臭。
　



　この女…長くねえな…

男は女の導きに応じて小屋の中に入った。
小屋には生活に最低限の粗末な道具が一式。家族がいる様子は無い。
おそらく流行り病を恐れた村人に山に追われたのだろう。
光をなくしてどのくらいなのか、日常生活に不自由は無い様に見える。

「何にもないけど。」

女は申し訳程度の野菜の切れ端が浮いた粥を碗によそった。

物腰から現役のころは高級であった事が伺える。
舞を舞わせたらさぞ名手であったことだろう。
病気のせいか肌は青白く艶を無くしているがその顔立ちは整っている。
年もまだ若いのだろう。二十を少し過ぎたくらいか。

自分を畏怖の目で見ない女が目の前にいる。不思議な感じに囚われた。女の目には自分の姿が見えていないのだから当たり前なのだが。

髪の生え際と口元が、少しだけ死んだ母に似ている、と思った。
長い事人間の女とまともに向かい合っていなかったから、この男にはどんな女でも母に似て見えたのかも知れない。

ふと、女が立ち上がり男の傍らになよとした仕草で座ると、その手が男の太股をすうと撫でた。

「やめろ。女に興味はねえ。」

「…そうかい。」

女がそっと、着物の袖で目頭を抑えた。

「寂しくて…今夜は無性に人恋しくてね…。」

さっきよりも死臭が強い。

　今夜…か…

「男がいるんだろ？」

「あたしの病気に怖気づいて逃げちまった…。」

「…。」

「何故か今夜は…寂しくて…。」

鼻をつく死臭。

男は女の腕を掴んで引き寄せた。

「気が変わった。」

「おや、嬉しい…。」

「にいさん、あたしの病気が怖くないのかい？」

「おれに、怖いものなんかねえよ。」

抱きしめられた女は、てのひらで男の顔を確かめるようにそっとなぞった。

「あんた、綺麗な顔してるんだね。」

「そうかよ。」

女の身体を押し倒し乱暴に着物を剥いだ。

素肌を露にされた女の秘部はすでに豊かな愛液が溢れ出しそれを待ちわびていた。

前戯の必要は無かった。
誘われた男は躊躇無く己の杭を刺し入れる。

「あああっ！！」

潤滑液に塗れたものを激しく突き動かした。

「あっ！あっ！ああ…すごい…すごいいっ！…あああ…。」

乱れ狂う女の両足と両の腕が男の腰に絡みつく。

「あああっ！もっと…！もっとおおおっ！！」

商売用の嬌声なのか、ほんとに感じているのかは分からない。
それでも、男は久しく忘れていた人の暖かさを嬉しく感じていた。

男の肌に慣らされた
飢えていた女の身体に温もりが染み渡る。

「もっと…！もっと欲しいっ！！」

男は乞われるままに応じた。

「あ…十…吉…さん…。」

嬌声の中に時々誰かの名が混ざる。

情事の最中に他の男の名を呼ばれても腹は立たない。

これはお互い様だ。
おそらく自分も、この女に別の誰かを重ねているのだろう。

囲炉裏の火に紅く照らされて絡み合い燃やす情炎の炎。

名も知らぬうち捨てられた者同士が一瞬で儚く消える偽りの恋を紡ぐ。

やがて、しっとりと横たわった女は男の腕の中でうわ言のようにそれを聞いた。

「にいさんの願いはなんだい？」

「ねがい？」

「何でも願いが叶う四魂の玉という宝玉があるんだとか…。」

「四魂の…玉…？」

「東国の小さな村の巫女が守ってるそうだよ。」

「…。」

「四魂の玉があれば…あたしの願いも…叶うんだろうね…。」

「願い…か…。」

ざわ、と風が吹いて、入り口の簾がなびき
囲炉裏の炎が映した二人の影が大きく揺らいだ。

腕の中から強まっていく死臭。
次第にか弱く細くなる息。

女は途切れるような声で最後の情けをくれた男に尋ねた。

「ねえ…名前を…教えて…？」

「……十吉…だ…。」

「とお…きち…さん…？十吉さん…！」

一瞬、女に炎がともったように、白濁とした眼が見開かれた。

「ああ…、戻って来てくれたんだね…？あたしを捨てたなんて嘘だったんだね…？」

「泣くな！」

堰を切ったように溢れる透明な雫。

「ああ…うれしい…。うれしい…！」

「泣くなっ！！」

女は最後の力で、男の身体を抱きしめる。

「見たくねえんだよ！女の涙も、女の死に顔もよお！」

「寂しかった…！さびし…かった…」

「泣くな…！離れねえから…！！」

すがり付いて来る女の身体を抱きしめた。

　泣くな！

　最後の瞬間まで、こうしていてやるから

　抱きしめていてやるから！

　だから、泣くな…！

「とお……」

表に、複数の松明と人の臭いがした。
風の音に混ざったがちがちと鳴る鋭い武器の音。

「ちっ！」

先陣を争うかのように草を踏み分け迫る音。

「けっこう早かったじゃねえか。」

半妖の血を獲物を求める狂ったような叫び声。

「この小屋が怪しいぞ！」

「踏み込め！！」

荒々しく小屋に押し入った松明を掲げた男達が目にしたのは、きれいに着物を纏い手を胸にあわせて安らかな笑みを浮かべて眠っている女がひとり。

あまりに穏やかな顔をしていたので誰もすぐには気がつかなかった。

その命の火が消えていた事には。

　らしくねえことしちまったな…

「あばよ。次はもっとましな男に惚れるんだな。」

天人のように、ふわりと地上に降りた男は、振り向いて呟いた。

まだ遠くに無数の松明の炎が揺れている。

　ばかが…ご苦労な事だぜ

　半妖の血がどんな病にも効くって、あれなあ…

　迷信なんだぜ…？

それが迷信で無いなら、母は死ななかったはずだ。

『はは…うえ…。』

自らの掌を牙で傷つけた。
ぎゅっと手を握り、ぽたりと、横たわった母の唇に落とす。

『しな…ないで…。』

ぽたり、ぽたり、と

『おきて…。』

赤い唇が更に紅く染まり

『ははうえ…。』

つうと、青白い首筋に流れた。

人間は弱い。

女は、もっと弱い。

そんなことは、とうに知っている。

「だから…忘れてやるよ。」

それは

自分を追ったもの達に向けた言葉なのか

自分を誰かの身代わりにして
腕の中で逝った女に向けたものなのか

わからない。

白々と明けて行く空を見上げると、山の谷間から徐々に黄色い朝日が顔を出した。

どんな非情な夜を越えても必ず現れてくれる日の光を全身に受けて、腰まで届く長い銀糸がきらきらとこの世ならぬ美しい輝きを放った。

誰をも拒まずに等しく降り注いでくれる暖かな光を浴びる。

　でもおれは

　強く…なりてえ

　もっと、強く

「四魂の玉…か…。」

彼は何かを決意したように

「東…だったな…。」

豊かな白絹をさらりと風に遊ばせ、獣のように大地を蹴って

朝日に向かって駆け出した。

緋色と輝く銀の眩い残像を残して

駆けて行く。

日出るかの地で、運命の女と出逢うことも知らずに。

＜コメント＞
読んでくださってありがとうございます。ｍ(._.)m

オリジナルキャラを出したのは初めてです。
名前も出てこないのでキャラと言うほどでもないのですが。やっぱ犬君が他の女と…っていうのに抵抗がある方のために女の名前は出てきません。犬夜叉という名前も出てきません。どうしても辛い方は、他の半妖の少年だと思って読んで下さい。あとは、女にご自分を重ねて読んでいただいてもいいですし。死んじゃうんですけどね、犬君に抱かれて死ねるなら私なら本望ですわ(*^^*)。

犬君は長く生きてますので、結婚した事は無くてもいろいろ大人な経験はあると考えてます。だって、200年も300年も生きてる男の人が童貞だったらかっこ悪いと思いませんか？(^^;何か信仰を持ってるならともかく、普通に生きてたらなんかしら機会はあると思います。こんな綺麗な男の子が歩いてたら女がほっときませんよ。(^^;私も！

かごちゃんは初めてなんだし、リードしてもらわないと困っちゃいますものね。
それに、私が初めての男の人嫌なんです。緊張して立たなかったり(^^;焦って早く終わっちゃったり(^^;AVの知識しかないものだからやたら乱暴にすればいいと思ってたり(^^;。こんなこと言ってると、まるで私はチェリーボーイキラーのようですわね！(^^;残念ながら違いますので念のため。(^^;でも、初めての朔犬君に手取り足取り教えてあげるなんてのもオツなのもかもしれませんね(*^^*)。

相手がかごちゃんじゃないというのは冒険でもあったのですが書いてみますと、清純派のかごちゃんでは絶対に言わないセリフなんかも言わせられるので、新開地を開拓した気分です。犬君の過去にどれほどの女がいるのかは分かりませんが、これは、いくらでも妄想できるかもしれませんね。絶対にムリだと思っていたSMとかアナルプレイとかももしかして書けちゃうのかしら(^^;。３Pとかもいいかも(>_<)☆＼バキ!　犬君だったら４Pもいけるかも(>_<)☆＼バキ!

でも、それでも絶対に書けないのは糞尿プレイですね。リクエストして頂いても書けませんよ。（誰がするかっ！(^^;)

さて、次回は犬かごです。重たい話の後だから明るいお話だと思います。
たぶん、現代でデートするお話。長編になりそうなのでいつ出来るか分かりません。先に別のお話を書いちゃうかもしれません。

行きずりの年上の女との行為はいかがでしたでしょうか〜。
新年早々重たいお話ですみません。

シリアスもお色気もロマンティックもギャグもありの、るーみっくのような世界を目指して書いていきたいと思います。（高橋先生の足元にも及ばないのは充分承知しております。はい。(^^;）
今年もよろしくお願いいたします。ｍ(_ _)m

何故か好評だったので夫の感想を紹介しましょうか。
「原作にも語られて無い事をここまで妄想しちゃうなんて、すごいですね。(^^;)」
「こんな短い小説の中にいろんな要素が含まれていて、それがうまくまとまっていていいお話ですね。(^^)。」
褒めてくれました(*^^*)。構成を褒められたのは初めてで嬉しかったです。えへへっ(*^^*)

ではでは、ご意見ご感想お待ちしております。(^^)/