「…てめえ、今更…やっぱり厭だとお！？」

「…ごめん…。」

薄暗い小屋の中に少年の怒鳴り声が響いた。
その時少女はただ謝るしかなかった。

「ふざけんな。」

「…ごめん〜。」

横たわった銀髪の少年の下には、すでにセーラー服を脱がされ下着姿になった少女が困ったような泣きそうな顔をして固まっていた。

「この状況で止められる訳ねえだろっ！！厭ならもっと早く言えっ！！」

「ごめん…。」

怒ったように自らの下にいる少女を睨む金色の瞳。
少女はやはり謝るしかない。

珍しく旅の仲間との別行動で突然二人っきりで過ごす事になった夜の小屋の中。

二人の甘いムードが高まり、今、まさに初めて結ばれようとしていたのに土壇場で拒絶してしまった。

どんなに馴れた飼い犬でも途中で餌を取り上げたら噛まれても仕方が無い。これは明らかに自分が悪い。

　怖い…

　ごめんね。犬夜叉…

　やっぱり、怖い…

さっきまで覚悟を決めていたつもりだったのだが、ここへ来て急に怖気づいてしまった。

「今更、止められるかよ。」

「…だめなの…？」

かごめはさっきから自らの太股に当たる硬くて熱いものの存在を感じていた。甘い夢を見ていた少女が一気に現実に引き戻されるには充分の存在感だった。

友達の家でちらっと見たことのあるアダルトビデオの場面を鮮明に思い出す。男に組み伏せられ陵辱され、顔を歪ませて泣く女の悲鳴が絶え間なく響く。嫌悪感を抱き鳥肌が立ち目を背けたくなるほどの行為が繰り返される。

残酷な映像が生々しく甦り、あどけない少女の身体を瞬時に萎縮させた。

　どうしようママ…

　怖い…

　どうしよう…

心臓が飛び出してしまいそうなほど大きく鳴り響き、彼に伸しかかられて動けずにいる手足に冷たい汗が滲む。

「厭…なんだな…？」

「…うん…。」

犬夜叉は自らの下で目をぎゅっと瞑って震えている少女を見やると、一つ、溜息をついた。

そして、ゆっくりと身を起こすと胡座をかいて腕を組んだ。

身体を解放された少女ものそのそと起きて、脱がされた服を拾い半裸の胸を隠す。

薄暗い小屋の中に流れる重たい沈黙。

少年は怒ったような表情を背けて俯き、静かにそれを聞いた。

「厭ってのは、なんだ？…おれのことが厭なのか…？」

思いもよらぬ事を聞かれて、慌てた。

「そんな…。犬夜叉のことが厭なわけじゃ、ないわ…。ただ…。」

少女は少し俯いて、呟く。

「あたし…こんなこと、初めてだから…心の準備が…まだ…。」

「……。」

一瞬犬夜叉の顔が優しくなったが

「ごめんね…。」

すぐに怒った表情に戻して、くるりと背を向けて怒鳴った。

「けっ！しょーがねえなっ！！」

「犬夜叉…。」

　ごめんね、犬夜叉…

　あんたのこと、怖いと思うなんて…

『いいこと？かごめ…』

母の声が耳に木霊する。

『いいこと？かごめ。男の人にはね、三回は焦らさなくちゃ駄目よ。』

『どうして？ママ。』



『すぐに身体を許してしまったら、あっという間に飽きられてしまうかもしれないのよ。』

『そんな…。』



『だからね、三回は焦らさなくちゃだめ。三回も待っていてくれる人がいたら、その人はかごめの事を本当に想ってくれている優しい人なのよ…。』

『ママ…。』



『そんな優しい人を、見つけなくちゃ駄目よ。かごめ…。』

恋愛ドラマを母と二人で見ていて、男の子の話題になった時にこんな話をしてくれたのを思い出した。

　止めてくれた。犬夜叉…

　優しい、ひとだわ…。すごく優しいひと

かごめはそっと服を身に着けながら、黙って俯き肩を落とした犬夜叉の寂しげな背中を見つめる。

　ごめん…ママ

　あたし、一回しか、焦らせそうに無い…

「犬夜叉…。」

かごめは彼の背中に静かに声をかける。

「今度、二人っきりになった時…なら、いいわ…。」

彼はそっと振り向いた。

「今度…なら、厭じゃねえのか…？」

かごめは少し微笑んで答えた。

「うん…。それまでに、心の準備、しておく…。」

「……。」

ふたりは見つめあって少しの間、黙る。

彼はぱっと明るい顔になって、言った。

「よおし！今度だなっ？」

「うん。」

また睨むような目をして確認する。

「絶対だぞ。」

「うん。」

「また途中で、厭とか言うなよ？」

「うん。」

「約束したからなっ。忘れんなよ、かごめ。」

「うん…。」

「しょーがねえから今日の所は勘弁してやる。」

「ありがと。犬夜叉っ！」

かごめは思わず犬夜叉の胸に飛びついた。

「こらっ！我慢してんだから、ひっつくなっ！！」

「ご、ごめん〜。」

少年の悩ましい溜息がまだまだ聞こえてきそうな、二人の夜。